2008.07.05 『自分で才能をつくりなさい。』
『 才能がないと気づいたら、
 
      自分で才能をつくりなさい。』



                       (道徳資料「木箱の中の鉛筆たち」より)


期末テストも終わり、もう通信簿の時期。早いもんだ。
我がクラスの生徒たちも個人差はあれど、なんだかんだ頑張ってくれましたよ。
4月の診断テストでは学年平均点よりどーんと低い点数だった我がクラス。
期末ではとりあえずは学年平均点は取っておりました。ほっ・・・・。
全体的に見ても「順位が上がったー♪」と喜ぶ生徒の方が多くて
担任としても、まあ、ある程度の満足感はあったかなぁ。
ところで今回のお言葉は
1年生の道徳教材「木箱の中の鉛筆たち」より抜粋。
(授業者は私ではなく教育実習生だったんだけど。)

さて、資料の内容。
駆け出しの作家である筆者が「自分には才能がない」とスランプに陥り
作曲家として成功している父親に自分の悩みを打ち明ける。
父もまた、幼いころ「自分には才能がない」と落ち込む時期があった。
しかし、そういう時期があったからこそ
猛烈に勉強することができたのだ、と父は語る。
「才能は、もちろんもとから大きなものを与えられている人もいるかもしれない。
 でも、ないからといってだめだと決まったわけでもない。
 才能をつくることだってできるのさ。」
そして父はピアノの下から木箱を3つほど引っ張り出し、だまってふたを取る。
3つの箱には、持てないほど短くなった鉛筆が、びっしりとつまっていた。
父はそうやって「作曲家としての才能」を、自らつくってきたのだ。
それにひきかえ、まだ長い鉛筆しか持っていないのに絶望している自分ーーー
そんな自分が急に恥ずかしくなる。
「才能がないと気づいたら、こうやって才能をつくりなさい。」
父のその一言が、それからの筆者を変えた。
壁にぶつかったとき、行き詰まったとき
箱にびっしりとつまった短い鉛筆を思い出し
「いやいや、まだまだだ。」と自らを勇気づけるのであった
・・・というお話。

授業者の教育実習生もさわやかな努力家で、
なんだかこの資料も「彼のためにあるような資料だなあ。」なんて
しみじみ思いながら授業を見させてもらっていました。

実際にこの授業があったのは5月中旬だったんだけど
けっこう印象に残る話でもあったので
テスト期間中に「ねえねえ、あの道徳のお話、覚えてる?」と
生徒たちにこの言葉を再度投げかけてみたのですよ。

テスト範囲も広くて、覚えることも多くて頭に全然入らない。
自分はどうせ勉強したって、無駄だ。
自分には才能なんてないんだから。
そんな「やさぐれ君」たちにはぜひぜひ、肝に銘じてほしい言葉。

「才能がないと思ったら、自分で才能をつくるんだよ!!」

平日4時間、休日8時間の学習ノルマ。
でも中には9時間、10時間も頑張る子もいたりして。
そして結果的に、努力が素直に報われる形になっていたので
それが一番嬉しかったなあ。
「頑張って勉強してよかったー♪」
なんて成績表を見て喜ぶ生徒を見ると、本当に思います。
「努力」もひとつの才能なんだって。


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