2008.07.24 『あなたは今、幸せですか?』
『 あなたは今、幸せですか? 』
復帰第一弾の「忘れられない言葉」は
やはり、これかなあ。
いつもユーモアたっぷりのうちの学年主任が
えらく神妙な顔で私に問いかけた言葉。
まあ、私に、というか、その場にいた先生たちみんなに
片っ端からそう問いかけていたのだけど。
「幸せ」については
何回かこのブログでも書きましたよね。
幸せは山の向こうに・・・だとか
幸せは到達点ではなく一過性のもの・・・だとか。
「私たちは流れる時間の中を生きている。
ずーっと幸せなんて、この世にはない。
私はときどき、幸せ。」
・・・なんてドラマの人物みたいにぱっと言えたらかっこいいですねえ。
でも、いきなり「あなたは幸せですか?」なんて質問されても
実際はなかなか答えられるものではないんですよ。
だって、そのときの私の答えったら・・・
復帰第一弾の「忘れられない言葉」は
やはり、これかなあ。
いつもユーモアたっぷりのうちの学年主任が
えらく神妙な顔で私に問いかけた言葉。
まあ、私に、というか、その場にいた先生たちみんなに
片っ端からそう問いかけていたのだけど。
「幸せ」については
何回かこのブログでも書きましたよね。
幸せは山の向こうに・・・だとか
幸せは到達点ではなく一過性のもの・・・だとか。
「私たちは流れる時間の中を生きている。
ずーっと幸せなんて、この世にはない。
私はときどき、幸せ。」
・・・なんてドラマの人物みたいにぱっと言えたらかっこいいですねえ。
でも、いきなり「あなたは幸せですか?」なんて質問されても
実際はなかなか答えられるものではないんですよ。
だって、そのときの私の答えったら・・・
「へっ!?」
・・・の一言でしたからね(苦笑)
せめておいしいものを食べているときに質問してくれたら
「ええ〜!すんごい幸せです!」とか答えていたんでしょうけど(単純なんで 笑 )
職朝前のバタバタと慌ただしい中、こんな質問されること自体、びっくりして。
同じような質問をされた他の先生たちも
「なんでいきなりそんなことを?」と不思議そうな表情。
そしてその日は期末テスト初日だったため
そんな会話も一瞬にして忘れてしまったかのように
みんな問題用紙を抱えて、それぞれの教室へ、すぐ移動。
一時限目。
テスト開始のチャイムが鳴り
カリカリカリと生徒のペンを走らせる音が教室中に響く。
そんな中、主任の言葉をふと思い出す。
「あなたは今、幸せですか?」
ーーー即答できなかった。
まあ、微妙な状況下での質問とはいえ
「答えられなかった」ということが、自分自身、何気にショックだったりして(苦笑)
「私は、幸せ、なのかな。」なんて、ちょっと真剣に、考えた。
理屈で考えて、「自分は恵まれているのだ。」とは、よく思う。
今の自分の環境に感謝しているし、少なくとも、「自分は不幸ではない。」と思っている。でも、「不幸ではない」=「幸せを実感している」のとは、違う。
今の自分は、幸せを実感して生きているなんて、そんな余裕はまったくなくて
「もうただひたすらに毎日毎日を必死で生きている」・・・そんなかんじ。
「幸せだなあ」と思う瞬間。
おいしいものを食べる瞬間。おふろでリラックスする瞬間。
休みの日にぐっすり寝れるとき。二度寝なんて最高。
旅行中、非日常を味わえる瞬間。
だれかに感謝されるとき。卒業式だとか、行事のあとだとか。
仕事での達成感を味わえるとき。
そんな一瞬、一瞬の刹那的な「幸せ」ではなく
人生の中で「幸せをかみしめる時期」は、と考える。
たとえば、高校3年の春休み。
早々と推薦で大学進学を決めた自分は夢と希望でいっぱいだった。
目の前の未来が希望で満ちている時期・・・。これは本当に幸せを実感する。
春の時期の桜や木々の緑に映える太陽の光がとてもまばゆく思えたり。
幸せをかみしめる時期は、そんなたわいもない景色の色合いも違って見える。
生まれたての恋。なんてことのない他人がふと大切な人に思える瞬間。
大人の恋愛。互いの感情のベクトルが互いにのみ向き合い
身も心もトロトロに溶け合うような恋愛ラブラブ期。
「薔薇色」なんて陳腐な言葉かもしれないけど、まさに人生の「彩り」を感じる時期。
結婚。恋愛と結婚を灯りにたとえると、恋愛は情熱的な赤い炎だとするならば
結婚はひだまりのような、ほのかだけど温かな灯火。
そんな優しい光に包まれ、「もう一人ではないのだ。」と実感した新婚時代。
そして・・・妊娠、出産。
夫婦にとって、子どもの存在は、「未来」そのもの。
そして、自分自身が生まれてきた意味も感じる瞬間。
自分の命よりも大切な存在に気づき
自分の人生の価値観がガラリと変わる瞬間。
そんなことを考えると
「育休中は幸せだったなあ」なんて、ふと思った。
人生で聖母マリア様のように大きな愛で我が子を抱きしめる時期って
実はほんの一瞬なのかもしれない。
血はつながっていても
やはり娘は自分とは異なる人格の持ち主で
仕事をしながらの育児の中、日々の成長を嬉しく思いながらも
自己主張を激しく繰り返す娘を相手に
気がつけばふと疲れた表情を見せてしまう自分もいる。
やはり「幸せは一過性のもの」で
すべてのものにはじめがあれば、終わりもあるし
それまで手に入れたくてたまらなかった「非日常の幸せ」も
いつしか「あたりまえの日常」と化し、日がたつにつれ、次第に色あせる。
そして、竹内まりやの「幸せのものさし」の歌詞に
「自由と孤独はふたつでセット 気ままなほど寂しさもついてくる」
なんてフレーズがあるんだけど(ひそかに名言だと思う)
紙には裏と表があるように、どんな状況もプラスとマイナスの側面があって
どんなに手にいれたいと思ったものですら
手に入れてはじめてわかる部分もあったりする。
やはり「常に幸せを実感する」ってことは
とても難しいことなのかもしれない。
流れゆく時の中
一つのステージを終え、さらなる次のステージで
人は「幸せ」になるために、常にないものを追い求める。
だから人間は成長するのだとも言えるし
だから人間は愚かだ、とも言える。
そんなことを考えているうちにテスト初日は終了し
午後の職員会にて、学年主任の言葉の真意が明確となる。
職員会での最後は、めでたい、めでたいご報告。
それは、同じ学年部の先輩の先生の妊娠報告!!
照れながらお辞儀をする先輩に対し
同僚からの「おめでとう!」「おめでとう!」の祝福の言葉のシャワー。
そして同じ学年部でさらにこの夏結婚される先生もいたりして
職員室の「幸せモード」はもうまさに今、絶頂期!!
学年主任は以前から知らされていた事実を言いたくて言いたくてうずうずしていて
そんな気持ちから「ねえ、みんな、幸せ?幸せ?」なんて
同僚たちみんなに片っ端から声をかけてたのだ。
「なるほど。そういうことだったんだ。
どうりで変だと思ったんですよねえ。
なんで急に『幸せ?』なんて真顔で訊いてくるんだろうって。」
同僚の先生たちとそんなことを話していると
この夏結婚される子煩悩なH先生は、私に、ぽつり。
「でもさ、ママレモンちゃんだって、幸せだろ。
ほら、子どもの寝顔見てるときって、最高に幸せじゃない?」
う〜ん・・・・H先生、ごめんなさい。
だいぶ夜更かしが好きになってきた娘の寝かしつけは本当に大変なんです(汗)
ちょうど家事も一通り終えたころで、疲労もピーク。
仕事をまだ片付けていない日になると悲壮感すらあったりして(苦笑)
娘を寝かしつけたあとは、素直に安堵の表情を浮かべてしまいます。
でも職場にて、そんな「幸せ」について語った日は
家でもやはりちょっとした変化が。
「ただいまーーーーー!!」
主人の迎えで帰ってきた我が娘の元気な声を聞き
「おかえり!!」と玄関ですかさず娘をぎゅっと抱きしめる。
娘もはにかんだ笑顔と小さな手でぎゅっと私を抱きしめる。
ああ、H先生、わかりました。
私の場合、「幸せだ」と思う瞬間は
寝かしつけよりも、きっと、「ただいま」「おかえり」の瞬間です。
どんなにクタクタになって職場から帰ってきても
浄化されるような笑顔が待っている瞬間。
一人の教師の顔から、一人の「ママ」の顔にもどる瞬間。
ーーー自分には、守るべきものがいる。
この子がいるから、私は、頑張れる。
たわいもない会話から、「幸せ」について考え
「ああ、私はやっぱり、幸せなのだ。」
心から、そう思えた日。
なにげない言葉からいろいろ思いを馳せた私の思考を知ると
学年主任はきっとびっくりするのでしょうが(苦笑)
でも、たまにはこういう質問もいいのかもしれません。
なにげない日常の、なにげない幸せを忘れないために。
今の「幸せ」が色あせないように。
さあ、これを読んでいるみなさんは、どうですか?
質問に答えられますか?
「あなたは今、幸せですか?」
・・・の一言でしたからね(苦笑)
せめておいしいものを食べているときに質問してくれたら
「ええ〜!すんごい幸せです!」とか答えていたんでしょうけど(単純なんで 笑 )
職朝前のバタバタと慌ただしい中、こんな質問されること自体、びっくりして。
同じような質問をされた他の先生たちも
「なんでいきなりそんなことを?」と不思議そうな表情。
そしてその日は期末テスト初日だったため
そんな会話も一瞬にして忘れてしまったかのように
みんな問題用紙を抱えて、それぞれの教室へ、すぐ移動。
一時限目。
テスト開始のチャイムが鳴り
カリカリカリと生徒のペンを走らせる音が教室中に響く。
そんな中、主任の言葉をふと思い出す。
「あなたは今、幸せですか?」
ーーー即答できなかった。
まあ、微妙な状況下での質問とはいえ
「答えられなかった」ということが、自分自身、何気にショックだったりして(苦笑)
「私は、幸せ、なのかな。」なんて、ちょっと真剣に、考えた。
理屈で考えて、「自分は恵まれているのだ。」とは、よく思う。
今の自分の環境に感謝しているし、少なくとも、「自分は不幸ではない。」と思っている。でも、「不幸ではない」=「幸せを実感している」のとは、違う。
今の自分は、幸せを実感して生きているなんて、そんな余裕はまったくなくて
「もうただひたすらに毎日毎日を必死で生きている」・・・そんなかんじ。
「幸せだなあ」と思う瞬間。
おいしいものを食べる瞬間。おふろでリラックスする瞬間。
休みの日にぐっすり寝れるとき。二度寝なんて最高。
旅行中、非日常を味わえる瞬間。
だれかに感謝されるとき。卒業式だとか、行事のあとだとか。
仕事での達成感を味わえるとき。
そんな一瞬、一瞬の刹那的な「幸せ」ではなく
人生の中で「幸せをかみしめる時期」は、と考える。
たとえば、高校3年の春休み。
早々と推薦で大学進学を決めた自分は夢と希望でいっぱいだった。
目の前の未来が希望で満ちている時期・・・。これは本当に幸せを実感する。
春の時期の桜や木々の緑に映える太陽の光がとてもまばゆく思えたり。
幸せをかみしめる時期は、そんなたわいもない景色の色合いも違って見える。
生まれたての恋。なんてことのない他人がふと大切な人に思える瞬間。
大人の恋愛。互いの感情のベクトルが互いにのみ向き合い
身も心もトロトロに溶け合うような恋愛ラブラブ期。
「薔薇色」なんて陳腐な言葉かもしれないけど、まさに人生の「彩り」を感じる時期。
結婚。恋愛と結婚を灯りにたとえると、恋愛は情熱的な赤い炎だとするならば
結婚はひだまりのような、ほのかだけど温かな灯火。
そんな優しい光に包まれ、「もう一人ではないのだ。」と実感した新婚時代。
そして・・・妊娠、出産。
夫婦にとって、子どもの存在は、「未来」そのもの。
そして、自分自身が生まれてきた意味も感じる瞬間。
自分の命よりも大切な存在に気づき
自分の人生の価値観がガラリと変わる瞬間。
そんなことを考えると
「育休中は幸せだったなあ」なんて、ふと思った。
人生で聖母マリア様のように大きな愛で我が子を抱きしめる時期って
実はほんの一瞬なのかもしれない。
血はつながっていても
やはり娘は自分とは異なる人格の持ち主で
仕事をしながらの育児の中、日々の成長を嬉しく思いながらも
自己主張を激しく繰り返す娘を相手に
気がつけばふと疲れた表情を見せてしまう自分もいる。
やはり「幸せは一過性のもの」で
すべてのものにはじめがあれば、終わりもあるし
それまで手に入れたくてたまらなかった「非日常の幸せ」も
いつしか「あたりまえの日常」と化し、日がたつにつれ、次第に色あせる。
そして、竹内まりやの「幸せのものさし」の歌詞に
「自由と孤独はふたつでセット 気ままなほど寂しさもついてくる」
なんてフレーズがあるんだけど(ひそかに名言だと思う)
紙には裏と表があるように、どんな状況もプラスとマイナスの側面があって
どんなに手にいれたいと思ったものですら
手に入れてはじめてわかる部分もあったりする。
やはり「常に幸せを実感する」ってことは
とても難しいことなのかもしれない。
流れゆく時の中
一つのステージを終え、さらなる次のステージで
人は「幸せ」になるために、常にないものを追い求める。
だから人間は成長するのだとも言えるし
だから人間は愚かだ、とも言える。
そんなことを考えているうちにテスト初日は終了し
午後の職員会にて、学年主任の言葉の真意が明確となる。
職員会での最後は、めでたい、めでたいご報告。
それは、同じ学年部の先輩の先生の妊娠報告!!
照れながらお辞儀をする先輩に対し
同僚からの「おめでとう!」「おめでとう!」の祝福の言葉のシャワー。
そして同じ学年部でさらにこの夏結婚される先生もいたりして
職員室の「幸せモード」はもうまさに今、絶頂期!!
学年主任は以前から知らされていた事実を言いたくて言いたくてうずうずしていて
そんな気持ちから「ねえ、みんな、幸せ?幸せ?」なんて
同僚たちみんなに片っ端から声をかけてたのだ。
「なるほど。そういうことだったんだ。
どうりで変だと思ったんですよねえ。
なんで急に『幸せ?』なんて真顔で訊いてくるんだろうって。」
同僚の先生たちとそんなことを話していると
この夏結婚される子煩悩なH先生は、私に、ぽつり。
「でもさ、ママレモンちゃんだって、幸せだろ。
ほら、子どもの寝顔見てるときって、最高に幸せじゃない?」
う〜ん・・・・H先生、ごめんなさい。
だいぶ夜更かしが好きになってきた娘の寝かしつけは本当に大変なんです(汗)
ちょうど家事も一通り終えたころで、疲労もピーク。
仕事をまだ片付けていない日になると悲壮感すらあったりして(苦笑)
娘を寝かしつけたあとは、素直に安堵の表情を浮かべてしまいます。
でも職場にて、そんな「幸せ」について語った日は
家でもやはりちょっとした変化が。
「ただいまーーーーー!!」
主人の迎えで帰ってきた我が娘の元気な声を聞き
「おかえり!!」と玄関ですかさず娘をぎゅっと抱きしめる。
娘もはにかんだ笑顔と小さな手でぎゅっと私を抱きしめる。
ああ、H先生、わかりました。
私の場合、「幸せだ」と思う瞬間は
寝かしつけよりも、きっと、「ただいま」「おかえり」の瞬間です。
どんなにクタクタになって職場から帰ってきても
浄化されるような笑顔が待っている瞬間。
一人の教師の顔から、一人の「ママ」の顔にもどる瞬間。
ーーー自分には、守るべきものがいる。
この子がいるから、私は、頑張れる。
たわいもない会話から、「幸せ」について考え
「ああ、私はやっぱり、幸せなのだ。」
心から、そう思えた日。
なにげない言葉からいろいろ思いを馳せた私の思考を知ると
学年主任はきっとびっくりするのでしょうが(苦笑)
でも、たまにはこういう質問もいいのかもしれません。
なにげない日常の、なにげない幸せを忘れないために。
今の「幸せ」が色あせないように。
さあ、これを読んでいるみなさんは、どうですか?
質問に答えられますか?
「あなたは今、幸せですか?」
のんきはは
実家の母の言葉を借りれば
『楽を与えるを 悲という』とか・・・
幸福はよく山登りにも例えられますよね。苦しさの後に本当の幸せを手に入れることができるのかも。
私は幸せです。
13クールの抗癌剤が生きている幸せを教えてくれました
人生への大きな贈り物を受け取りました。
息子が校内暴力で睡眠障害になっても、生きていてくれればそれだけでいいと本気で思えました。
母は強し
ですよ。
『楽を与えるを 悲という』とか・・・
幸福はよく山登りにも例えられますよね。苦しさの後に本当の幸せを手に入れることができるのかも。
私は幸せです。
13クールの抗癌剤が生きている幸せを教えてくれました
人生への大きな贈り物を受け取りました。
息子が校内暴力で睡眠障害になっても、生きていてくれればそれだけでいいと本気で思えました。
母は強し
ですよ。
2008/07/24 Thu 18:00 URL [ Edit ]
ママレモン
>のんきははさん
抗癌剤の話は初耳です。びっくりしました。
でもたしかに「生きている」というだけで幸せなことですよね。
生きていると辛く苦しいこともたくさん経験しますが
それでも「生きていてよかった」と思える瞬間があることで
すべてが報われる気がします。
子育てに関しても、私自身、聖母マリア様の「母性たっぷり」のステージから
保護者としての責任やら負担やら
いろいろな重さを感じるステージに移りつつありますが
それでもやはり子どもと向き合って感じる「幸せ」は
格別なものなのだろうなあ、とのんきははさんのコメントを見て感じています。
>sweetparsleyさん
私の勝手なイメージですが
sweetさんは甘え上手で、まわりの人も
「ほうっておけない」タイプの人のように思います。
ま、私もあつかましがられながらも
ちゃっかり甘えちゃうタイプなんですけど(苦笑)
いろいろな人に支えられて生きることに関して
本当に感謝したいですよね。
>子育てお父さん
ホント、慌ただしい毎日の中で「幸せ」って
なかなか意識しないものですね。
「幸せ」って、失ったときにはじめて気づくものかも・・・。
「幸せは自分の心が決める」とは
相田みつをさんの有名な言葉ですけど
忙しい日常の中、些細なことで
「自分は幸せだ」と思える人は本当に幸せですよね。
自分もそんな人間になりたいものです。
抗癌剤の話は初耳です。びっくりしました。
でもたしかに「生きている」というだけで幸せなことですよね。
生きていると辛く苦しいこともたくさん経験しますが
それでも「生きていてよかった」と思える瞬間があることで
すべてが報われる気がします。
子育てに関しても、私自身、聖母マリア様の「母性たっぷり」のステージから
保護者としての責任やら負担やら
いろいろな重さを感じるステージに移りつつありますが
それでもやはり子どもと向き合って感じる「幸せ」は
格別なものなのだろうなあ、とのんきははさんのコメントを見て感じています。
>sweetparsleyさん
私の勝手なイメージですが
sweetさんは甘え上手で、まわりの人も
「ほうっておけない」タイプの人のように思います。
ま、私もあつかましがられながらも
ちゃっかり甘えちゃうタイプなんですけど(苦笑)
いろいろな人に支えられて生きることに関して
本当に感謝したいですよね。
>子育てお父さん
ホント、慌ただしい毎日の中で「幸せ」って
なかなか意識しないものですね。
「幸せ」って、失ったときにはじめて気づくものかも・・・。
「幸せは自分の心が決める」とは
相田みつをさんの有名な言葉ですけど
忙しい日常の中、些細なことで
「自分は幸せだ」と思える人は本当に幸せですよね。
自分もそんな人間になりたいものです。
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